第1・2回カンボジア先行調査報告

JPR会長:正井です。

 

2008年6月28日から7月2日までの間、カンボジアのプノンペン市を視察してきましたので報告します。

 カンボジア視察

 2008年6月28日から7月2日まで、カンボジアのプノンペン市をNPO:TICO(徳島で国際協力を考える会)の要請により視察してきました。
 TICOは、このJPRのHPにも掲載されていますように、2003年フトしたことからザンビアからメールで救急技術のアドバイスを求められたのがきっかけで、2004年に私がザンビアを訪問し、それが機会にJPRを設立した経緯があります。


 そして、ザンビアとともにTICOの事業として、カンボジア国プノンペン市の救急救助体制構築をするために、プノンペン市で活動しております。
 その経緯から「JPRの会長として、ぜひ視察して欲しい」とのご要望で視察しましたので、その概要をご報告します。

 カンボジアについて

 カンボジアは、アンコールワットの遺跡でも有名ですが、ベトナム戦争終で国内が混乱し、戦争結後もクメール・ルージュの独裁者ポル・ポト政権により、1979年までに、飢餓、虐殺などで100万人以上(300万人の説もある)とも言われる死者出るなど悲惨な近代史をたどっています。


 そのポル・ポトもベトナム軍の侵攻により打倒されたが、その後も内戦が続き、ようやく1993年に国連監視の下で民主選挙が実施され民主化を歩み始めた古くて、新しい国です。歴史などについてご興味のある方はインターネットなどで調べてください。

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視 察

 6月28日関空から1時25分発の深夜便で出発し、バンコク経由で9時にプノンペン空港に到着しました。
 飛行機を降り、フィンガーを出ると空港責任者、空港消防責任者の出迎えを受けました。

空港の外には、カンボジア国初とも言える救急隊の出迎えのあと、空港消防を視察しました。

 案内の空港消防の責任者(写真真ん中)からは、来年9月に予定している空港訓練のアドバイスを求められる。

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カンボジア国警察庁長官表敬訪問

カンボジア国警察庁長官を表敬訪問しました。

 長官からは、カンボジアのためにJPRの力を貸して欲しいとご要望されました。昨年、神戸でお会いしたプノンペン市保健局長のソーチャット医師(写真真ん中)と再会し、そこで カンボジアで初めてともいうべき救急隊の訓練を視察しました。そこではTICOから派遣されている伊原さん(写真右側)が(JPR会員)指導している救急隊の訓練を視察しました。

 伊原さんは看護師ですが、神戸医療専門学校で救急救命士資格を取得後、TICO職員としてカンボジアに派遣され救急隊員の育成指導にあたっています。伊原さんは、日本での救急現場の経験はありませんが、日本よりもっと厳しいプノンペン市の救急現場で自身の経験を積みながら、また救急隊員も指導しています。

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カンボジア国プノンペン市救急対策委員会

TICOの呼びかけでプノンペン市の救急対策員会が、プノンペン大学日本カンボジア交流センターで開催され、その委員会にオブザーバーとして招待され、日本の救急救助体制、JPRの活動についてプレゼンテーションする機会を与えられました。この委員会のメンバーは、国の保健省の副局長、プノンペン空港長、同空港消防隊長、プノンペン市消防署長などプノンペン市の安全対策を担う要職の方々です。

 また、この委員会で伊原さんが指導した救急隊のデモンストレーションも披露され、集まった委員から絶賛の評価を受けていました。委員会終了後は、大学構内のテラスで日本食を頂きながら、さらにディスカッションが続きました。

 委員会のメンバーは比較的若い人ですが、皆さん新しい国を想う憂国の志士で熱い議論が続きました。

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カンボジア支援

今回の私の視察により、各機関や他のNPOからもJPRの持つ技術面に大いに期待が寄せられ、また協力依頼も受けました。
 現在JPRは、インドネシアを支援していますが、いつか近い時期に協力する必要があると思いました。

日本国際救急救助技術支援会

 

Japan Paramedical Rescue :JPR

 

会 長  正 井  潔

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第2回 カンボジア調査報告 (2008年12月25日から2009年1月3日)

JPR会長:正井です。
 2008年12月25日の深夜(26日0:30発)にバンコク経由でカンボジアのプノンペン市に2回目の事前調査に行ってまいりましたので、報告します。(寄贈した資機材の使用方法を説明)

 現在、カンボジアではTICOがカンボジアの救急設立に向け、日夜奮闘しております。
 JPRも昨年、市消防局から寄贈を受けた消防車(消防団仕様でポンプは未搭載)2台と兵庫県下の消防本部から寄贈を
受けた資機材をカンボジアに寄贈したため、それらの使用方法の指導などを目的にカンボジアに渡航し、新年が明けた20
09年の1月3日朝に帰国しましたので、その概要をご報告します。

 カンボジア国プノンペン市の救急事情は、TICOブログやメールなどの現地報告でも多少ありましたが、カンボジアで
もインドネシアと同様にバイク王国です。
 カンボジアでは2009年1月8日からヘルメット着用が法令化されますが、この年末年始は施行前でもあり、交通事故
外傷では、頭部および顔面外傷が多発しておりました。
 私はカンボジア滞在期間の12月26日から毎日、19時頃から、ときには深夜の0時過ぎ頃まで現地の救急隊とともに
救急現場に出てきました。
 その中で、私が特に感じたのは、バイク事故の多さです。
 頭部外傷と顔面外傷が非常に多く、私が対応しただけでも、2名のCPA(心肺停止)事案があり、ほぼ毎日重傷の患者
と遭遇していました。

 そこで、私が強く感じたこと、救急隊による処置で特に必要な処置であると感じたのは、気道確保をするための口腔内等
の血液の吸引処置でした。
 しかし、吸引器も無くその技術も乏しい救急隊では、患者にとって非常に厳しい状況でした。
 また、今後はヘルメットの着用義務化が進むにつれて、頭蓋内損傷は減少すると思われますが、フルフェイス型ヘルメッ
トの着用による(頭部が重くなるため)頸椎損傷が増加することも懸念されました。
 このような状況の中、政府はプノンペン市の救急体制を試行錯誤の中システム化を図ろうとしています。

 しかし、保健省(日本での厚生労働省)の動きが鈍く、また救急隊員(同乗の医師む含め)の資質の格差も見られること
から、内閣府も次の手段を考えているようですと保健省のある医師からも話を聞いていました。
 そんな中、12月31日の午後、プノンペン市内に駐屯する70師団長のカンボジア軍中将から突然、会談の要請があり
70師団を訪問しました。

 会談で中将は、「今のカンボジアで救急システムの構築は急務であり、今すぐ市民、国民の
生命を救うために行動できるのは、軍隊の衛生兵であり、救急隊の育成は急を要する。一人で
も多くの市民、国民の命を救うためにご協力願いた」と技術支援を要請されました。

 また、会談で中将は、救急隊と救助隊の育成に関し、「特に今回寄贈した各種資機材の使用
を習熟させることと、バイク事故による頸椎損傷を主眼とした対応や処置が出来る救急・救助
隊の育成、ならびにJPRが寄贈した消防車に救助資機材を積載し、同衛生兵による救助活動
も実施したい・・・・」という意向があるようです。

   (油圧式救助資機材)

 私はJPRの代表として、「JPRの基本理念は、一人でも多くの命を救うことであり、その理念が中将のお考えと合致
していれば、出来るだけのご協力はさせて頂きます」と回答してきました。
 以上のことから、JPRとして救急救助隊育成に協力することになることをご報告致します。

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