インドネシア技術支援を終えて

インドネシア技術支援を終えて
 2008年2月25日から3月1日まで実施したインドネシア南カリマンタン州バンジャルマシン市での支援活動についてご報告いたします。
 今回は、今までできなかった先行調査を行う事ができたこともあり現地の様子などは予め、ある程度は把握していたつもりでしたが、やはり海外支援の宿命というべき予想外の出来事が多々ありました。
 しかし、そんな中でも過去に数回の海外支援を経験している隊員が大半であったため困難を無難にのりこえ、全員無事に帰ってくることができましたのは何よりでした。
 では、日にちを追ってご説明いたします。

1.jpg

2月25日の早朝、関西空港に総勢9名のメンバーが期待と不安をそれぞれ胸に秘めながら集合し、インドネシアに旅立ちました。

途中、ジャカルタで一泊し、今回大変お世話になった神戸インドネシア友好協会の山田さん親子と通訳の方々と合流、26日の早朝に目的地のバンジャルマシンに到着。
 ここでザンビアの時と同様に空港内の特別室で州の保健局長を始め現地の関係者より熱い期待を込めた歓迎のご挨拶を受けました。

2.jpg

その後、白バイとパトカーに先導をしていただき州知事公舎までノンストップ!と思いきや、途中で大きな川のほとりの食堂に立ち寄り、しばし旅の疲れを取るランチタイムを設けてくれました。見た目はいかにもインドネシアの田舎食堂でしたが、味はおそらく滞在中食べたものの中で一番と思ったのは私だけではないと思います。

また、この食堂に向かう際に細い道を通らないといけませんでしたが、この時どうみても我々の乗っているバスの屋根より街灯が低いため「当たるで~。」と思っていると運転手は躊躇せず前進し「パリ~ン」っと街灯を割ったのはさすがに一同ビックリさせられると同時に異国に来たことを実感しました。そして、州知事公舎に到着し副知事よりご挨拶をいただいた後、講習会場である保健局へ再びパトカーの先導で向かいま
した。当地での交通事情ですが、想像以上にすごく例えば道頓堀や三ノ宮を歩いている人がみんな何かの乗り物(7割バイク、2割車で残りが自転車か人力車)に乗って移動していると思って下さい。すごいでしょ…。

3.jpg

講習会場に到着すると、既に今回の受講者30名が我々の到着を首を長くして待っていてくれていました。準備もそこそこにしてオリエンテーションからいよいよ講習が始まりました。

今回の時間割は、26日のオリエンテーションから始まり続いて全体導入講義で現場の評価、27日にはBLS、観察要領、28日は救出技術基礎、そして29日は受講生によるここまでの内容による交通事故の負傷者の救出総合訓練という、あくまで
も基本的な手技を学ぶ構成でした。

わずか3日間で理解を深く求めるのは困難であるため、これらの手技の習得を目的とし、理解の部分は各受講生にテキスト、DVDを配布して次回支援までの宿題とする方法を取り次回支援のはじめにその習得度を確認することにしましたの
で、次回支援に参加の皆さんよろしくお願いいたします。
 私が担当したのは、全体導入とBLSでしたが思っていた以上に言語の壁があり英語のスライドはあまり理解できていないようで主に通訳の方のインドネシア語が頼みでした。これも次回の課題としてスライドは簡単でかまわないのでできるだけインドネシア語にしたほうが良いと感じました。

4.jpg

また、意見を活発に発言する大変いい国民性?ですが話し出すと止まらないと先行調査の隊員より報告を受けていた通りだと思いました。
 BLSの講習では当初予定していたBLS人形が税関でストップしていたため、前回に持ち込んだ1体と病院で保管している数体を使用することにし、到着した日に現地の統括者に手配を頼んだところ快く当日の朝には揃えるとOKを頂きまし
た。しかし、実際に人形が到着したのはBLSが済んでからで、この辺も次回参加される方は要注意です。何かを頼み、OKと聞いても安心せず、必要なものがあれば前日に全て揃えるようにしないといけません。そんな状況でBLSをどのように進めたかと言うと、DVDを見てその手技をするというオーソドックスな方法で、生体
では不可能な人工呼吸や胸骨圧迫は1体の人形を用いて行い、それ以外の生体ではできるところは受講生同士で行いなんとかBVMを使用した心肺蘇生法まで3時間で終えました。

6.jpg

これらのトラブルに加え元々の知識、技能の差や現在の職務に違いがあったため到達度の評価は全員がBVMを使用したチーム蘇生ができるまではいけませんでした。
 彼らの満足度は最終日に白紙のアンケート用紙を配りましたので、その結果を楽しみにしています。27日午後の観察要領、28日の救出については各担当者の報告をお待ちください。そして、最終総合訓練の前日、正井会長と私は州立病院で現場の活動を見るために待機していましたが、そこへ20時ごろJPR隊員から無線連絡が入り「受講生が明日に備え、自主的に訓練をしたいと申し出てきており指導を要請している。」と、非常にうれしい想定外の事がありました。


我々と違い、彼らの国はほぼイスラム教徒で早朝4時過ぎにはお祈りの時間があるため、この時間に訓練をすることはあまり考えられない事です。
 裏を返せば、時間内に我々が十分に伝えきれていなかったと言う事にもなりますが、正直、私自身はこの申し出はうれしかったです。また、当地での通報システムは非常に不明瞭でしたが、初日に正井会長より通報システム確立の重要性について説明があったことを受けてか、予定になかった通報訓練も行いたいとの受講生より進言があったことも、ゆっくりですが確実に変わりつつあると感じました。


 迎えた最終日、訓練想定は2台の車の交通事故で1名車外放出(CPA)、1名閉じ込め(中等症)、数名車内にいるも自力脱出可能(軽症)で、こちらの救急隊は2隊で対応というものでした。細かなことはさておき、CSCAの概念に沿って実施してくれていたと思います。

7.jpg

以上ですが、これから海外支援に参加してみようとお考えの会員の皆さん、質問等があればなんでもしてくださいね。もちろんそれ以外の方も質問お待ちしています。


 最後になりましたが、今回の支援に関し調整やその他の雑用等をしていただいた神戸インドネシア友好協会の山田さん親子に心より御礼申し上げます。


 また今回はテレビ取材もあり参加隊員の方達には必要以上の心労をおかしたことをお詫び申し上げます。日本国際救急救助技術支援会Japan Paramedical Rescue :JPR

 

播磨  賢

8.jpg

松田隊員と猪野隊員から支援の概要を伝えていただいたので、私からは救出部門についてお伝えしようと思います。インドネシアでは日本の119番通報である118番が機能しておらず、日本のように公的機関の救急隊・救助隊がすぐに助けに来るしくみが存在していません。


 日本のような救急・救助のシステムさえあれば、インドネシアではまだまだ助かるはずの命が無数に存在しているのです。


 先の報告にもあるように、11月の視察を受けて参加メンバーで支援プランを考えていたのですが、現地との調整を行なっても、受講生の背景、どの職種(保健局行政員・医療・消防・軍隊)からどれだけの人が選出されてくるかが渡航前にわからないため、どのレベルで教えていいのか判断がつかず、訓練内容の目標・到達度の設定にとても苦労しました。


 現地でも、限られた時間のなか、単に指導準備だけに時間を使えるわけではなく、外交的な部分や移動時間に多くの時間がかかり、さらには夜間の訓練や支援プランの変更などによって夜遅くまで準備することになり、隊員にはかなり疲労がたまっていたかと思います。

 しかし、そんな準備の多忙さのなかでも、インドネシアの人々の明るさと熱意、さらには現地で支えてくださった方々の力によって、4日間という短い支援期間でしたが全速力で駆け抜けることが出来ました。


 この場をお借りしてお礼申し上げます。どうもありがとうございました。
て、インドネシア支援の目標の1つとして、交通事故があった場合に適切な対応ができることがあり、その中で今回の到達目標としては、救助活動に対する心構えや、事故現場でいかに安全にケガ人に接触するかの2点を目標に、支援活動を行ってきました。

9.jpg
10.jpg

救出部門は研修3日目に行い、午前中はプロジェクターを使用した講義及び2日目の復習で、講義では救助哲学及び状況
評価(seen size up)を行いました。
 救助哲学では、救出する側の心構えとしてはいかにあるべきか、何を優先して安全確保を行うかという講義をし、また、
状況評価では事故現場の写真を提示し、現場で注意を払うべき事象の優先順位づけができる・その現場が助ける側に対して
与える危険性を理解し回避できることの2点を目標に、講義を行いました。
 前日までの講習の反省で、講義では受講生の集中力が日本ほど長く続かないことが判明したのでスライド数を調整して極
力減らし、ディスカッション方式で集中力の持続を狙いました。ディスカッションも国民性なのか日本とは違い、皆が意見
を持ち積極的に発言しており、それの調整する側としては苦労した反面、大変嬉しく思いました。

 そして、午後からは実車を使用して車両固定・安全確保を行いました。
 事故車両に見立てた車の中で運転手役に座ってもらい、運転手に接触する前に漏油の確認を行い、その後器具を使って車
両を固定、ギア・サイドブレーキの確認、バッテリーのターミナルを外した後に担架へ運転手を救出という基本的な流れを
行いました。
 JPRのデモンストレーション中に突然のスコールに見舞われるというアクシデントもありましたが、無事に講習を終えるこ
とができました。
 実技の際に発覚した問題点としては、受講生でチームを組んで訓練を行ったのですが、受講生自体、様々な職種(保健局の
行政職員・医師・兵士・消防士)が選抜されて参加しているため、命令指揮系統が混乱するという事態が起こりました。
 この点は、実務で指揮統制に慣れている兵士にリーダーをしてもらうことで、なんとか統制をとることができました。
 このような訓練の成果は、最終日の演習でも活かすことができ、今回の救出班の目標でもあった「事故現場でいかに安全
を確保し患者に接触するか」という課題をなんとか達成する事ができたと考えています。
 救出班の今後としては、事故で高度に損傷した車から器材を使用して患者を出せることを目標に支援を行っていけたらと
考えています。
 今回、第1回目の活動ということで、様々な問題も出てきましたが、日本での準備に携わってくださった隊員やインドネ
シア現地の方、活動した各隊員の努力により成功したと思います。

24_2_4.jpg

支援側の事情として個人的に感じた事としては、今回は現地での業務調整員の重要性を特に感じました。
 実際に指導する側とは別で、専門的に全体を統括しマネージメントする大切さを、インドネシアで最初の活動ということ
もあり、特に感じました。
 このような調整員は、救急・救助の知識もそれほど必要ではなく、訓練さえすれば一般の方でも参加可能かと思われます
ので、今後は調整員の数も増えていくといいなと個人的には感じたところです。
 最後になりますが、インドネシアでの活動はまだ第1回目が始まったばかりです。
 今後はますます沢山の方々の尽力が必要になってくるかと思いますので、皆様どうかインドネシアの人々のためご協力を
お願いいたします。

日本国際救急救助技術支援会

 

Japan Paramedical Rescue :JPR

 

木 下 拓 也