​カンボジア支援

当会の活動が広く多くに知れ渡ったのはカンボジア王国への救急救助技術支援活動ではないだろうか?前理事長の正井潔が長期滞在をして、RRC711部隊を育成。日本では119に連絡をすると消防車や救急車が消火・救助・救急搬送をしてくれて、私たちの生命と財産を守ってくれる人たちがいる。しかし、世界では当たり前ではない。そんな国へ日本式常備消防システムを構築すべく(2008年より継続中)第1回カンボジア先行調査 2008年6月28日から7月2日までの間カンボジアのプノンペン市をNPO:TICO(徳島で国際協力を考える会)からの要請により現地視察を実施

IMG_9211_JPG.jpg
​設立5年後の長期滞在型支援を決意

JPR設立のキッカケにもなった縁(一枚の名刺)と、初の長期滞在型支援の開始。この一枚の名刺からの縁で、当時カンボジアで活動していた他のNPO団体の関係者から、直接 正井氏に「カンボジアを視察してほしい」と言う依頼がありました。そして、2008年6月正井氏が単身カンボジアに赴き、プノンペン市を視察したのがカンボジア支援の始まりでした。この時は、インドネシアのスラバヤ市支援と重なり、同時進行となっていました。先行調査を実施後、短期型で救急救助技術支援を行っています。2009年3月に第一回、6月に第二回、9月に第三回、10月に第四回と4度の短期支援を、この支援とカンボジアの現状を目の当たりにしたことがきっかけとなり、カンボジアに消防組織を創設、救急医療を立ち上げようという、壮大な夢が芽生えます。JPR設立から5年後、2010年に現地で長期滞在をして

指導をする「長期滞在型支援」を決意しました。ここからJPRの活動が世に大きく知られることになりました。

カンボジア15.jpg
​部隊の完成

カンボジア初の災害派遣ユニット、Brigade70 Rapid RescueCompany: RRC711部隊を設立。当初1年間は、正井氏、西山氏の2名が長期滞在し支援を実施。この間にも、JPR会員たちが応援チームを結成し7・8・11月と計3回カンボジアに赴き、「短期支援」として長期滞在している2名とともに指導に参加しています。支援当初は、短期支援をしていたとは言え、すべてが「何も無い状態」「ゼロからの出発」であり、長期支援開始直後から、困難に継ぐ困難、苦労の連続で、何度も途中で「もうやめようか…」とか「日本に帰ろうか」と、思ったそうです。言葉や文章では表現できませんが、発展途上国の支援の難しさ、思いもしない裏切りから、悔し涙を流したり、無力感、憤りを感じたこともありました。1年後に西山氏が帰国した後は、正井氏が単身で長期支援に臨んだことは皆様もご存じのはず。その間にJPRの会員が支援チームを結成、正井氏とともに応援指導を実施しました。RRC711消防部隊は完成した姿で大活躍中ですが、支援当初は決して順風満帆ではなかった。

IMG_3698.JPG
​カンボジア救急救助技術支援の経緯

2008年、カンボジアを支援する他のNPO団体から、JPRに対し救急救助について調査の依頼がありました。


JPR理事長の正井潔氏が、6月と12月の2度に渡る調査を行い、現在カンボジアが救急の現状において抱えている深刻な現状や様々な問題点などが解りました。

663.jpg
​12月の先行調査

12月の先行調査で、NPO団体の救急車や民間救急の調査をしている際、突然プノンペン市内に駐屯するBrigade70師団長のカンボジア軍中将から会談の要請があり、訪問することとなったのです。
 会談の中で中将は「今のカンボジアで救急システムの構築は急務であり、今すぐ市民、国民の生命を救うために行動できるのは、軍隊の衛生兵であり、救急隊の育成は急を要する。一人でも多くの市民、国民の命を救うためにご協力願いた」と技術支援を要請されたのでした。
 正井氏は「私はJPRの代表として、JPRの基本理念は、一人でも多くの命を救うことであり、その理念が中将のお考えと合致していれば、出来るだけのご協力はさせて頂きます」と回答し帰国したのですが、やはり軍隊ということで熟考に熟考を重ね、悩んだ末に「支援する」という結論を出したのでした。

0-8.jpg
p9290180.jpg
​真のプロ集団の結成

当時のカンボジアでは、交通事故などで民間の救急隊に搬送された場合、高額な搬送費用や賄賂、病院代などを請求されていました。
 また、火災でも警察消防などが、水代と称した賄賂や高額な消火費用を請求していたそうです。
 残念ながら、これは現在のカンボジアでも継続されているようです。
 先進国のように「無償の奉仕」で活動する団体。
 日本のような消防組織の無いカンボジアでは、給料のみで活動する団体は警察や軍隊となりますが、警察消防は賄賂が横行しているため、「市民、国民の生命・身体・財産を守る組織」を結成する必要がありました。
それが、Brigade70 Rapid Rescue Company: RRC711部隊(災害派遣ユニット)なのです。賄賂や費用を求めない、真のプロ集団の結成。命の貴さを知り、使命感とプロ意識を持った消防のプロ組織を立ち上げることでした。JPRでは、先の技術支援(ザンビアやインドネシアなど)と同じように、消防車や消防資器材なども同時に寄贈していましたが、それを有効に使用できる技術と知識、そして安全に使用出来、使いこなせるということも非常に重要なこと。
 物だけでは無い「人的支援」が最も重要と考えていました。

​神戸市消防局を退職すると同時にカンボジアへ

この時期は、インドネシアへの技術支援と同時進行でしたが、カンボジアへも2009年、2010年と約一週間程度の短期的な技術支援を続けていましたが、2011年正井氏が神戸市消防局を退職すると同時に「カンボジア長期滞在」を決意し、Brigade70 RRC711部隊をカンボジア初の救急救助、消防防災のプロ集団にしようと決心したのでした。

 正井氏は、常々「お金では買えないものがある」「自分の知識や技術を売り物にしたくない」という事で、すべて自己負担でカンボジア長期支援に望みました。
 そして、銃を筒先(消防の水が出てくる部分)に持ち替え、人々の生命と身体、財産を守るプロ集団を育成しようと、日々努力したのです。
 当初結成された隊員たちは、あまりの厳しさに殆ど残っていないそうです。
 文化や考え方の違い、様々な団体からの干渉や妨害といった困難から、非常に苦労が多く、何度も「辞めて帰ろうか・・・」と思ったそうです。
 しかし、1年・2年と経過し、正井氏の指導や考え方に同調した隊員が定着するようになり、現在のRRC711部隊が完成したのです。

​次のステップへ 隊員たちが指導者となり

次のステップは、この隊員たちが指導者となり、新たな隊員が増えて、いずれカンボジア全土に、賄賂や費用を請求しない本当のプロ、消防のプロが増えていくことなのです。
 「軍隊に指導している」ということで、多少アレルギーをお持ちの方や疑問を持たれると思いますが、現在のカンボジアで無償の奉仕で救急救助・消防防災を担っているのはRRC711部隊のみなのです。
 先進国で言う「消防組織」が「Brigade70 RRC711」なのです。

 今では活躍する姿が、TVやインターネット・新聞など多く掲載され、プノンペン市民にも知れ渡っています。
 そして、なにより尊敬されているのです。